心にのこる物語

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伯母さま
2009/05/28

囁くような声でありながら、腹の底から響くような不思議な声を聞いた。

耳の傍でささやかれているようであり、遠くトンネルの向こうから聞こえるような声であった。

伯母さまの風貌は、世間で見慣れたものではなかった。

骸骨に皮が残りわずかに髪が薄く残っている。

 

歯もなければ、片方の目もなかった。

入れ歯もなければ、義眼もないのである。

手も足も身はなく骨に皮が付いているのであった。

 

そのような容姿から、とても、寂しそうな響きでありながら、何かホッとさせる穏やかな声が聞こえてくる。

 

他人には、その姿は洋画のオカルトものにでもでるような姿に映るに違いない。

しかし、僕には決して恐怖を感じさせるものでもなければ、醜いものでもなかった。

幼さと優しさが感じられる子供でも大人でもない世界の生き物のようであった。

 

「伯母さまは、どこから来たの?」

 

遠くトンネルの向こうから聞こえるようなささやき声に耳を傾ける。

全神経を集中し目を瞑る。

 

フーと、気が遠くなり何かに吸い込まれるような感覚で目をあける。

 

青く澄み切った広い空、緑のじゅうたんを敷き詰めたように果てしなく広がる田畑が目の前に広がる。

 

田で働く小作人らしい人々の周りを人影が通り過ぎる。

小作人らしき者達は人影に軽く会釈をしている。

どこまでも、どこまでも同じような動作が繰り返されていく。

 

「旦那さま、それはなんでございましょう。」

 

「リヤカー」「少々値の張る品物だ。」「どうだ、使ってみるか。」

「これからの時代はこれが必要となる。」

 

※リヤカー『ウィキペディア(Wikipedia)』

1921年頃、海外からサイドカーが日本に輸入された時にサイドカーとそれまでの荷車の主流だった大八車の利点を融合して日本人が発明した。

 

「あれ、お嬢様」「リヤカーの乗り心地は、いかがでございましょう。」

 

「・・・」

何も、言わず遠くを見つめている。

リヤカーの娘も、その父の姿にもどこか見覚えがあるように思える。

私はどこからその姿を見ているのだろうか。

 

「伯父さま、あの写真は誰なの?」

「○○だよ。」

「伯母さま?」

「お前は、あのような姿の伯母さんしか知らんから驚くじゃろうが○○の写真じゃ、女の子じゃからな。綺麗な頃の写真を飾ってやっているのさ。」

「いつ頃の写真」

「大正何年だったか。もう忘れた。」

「ふううん。大正って写真あったの。」

「お前の爺さんは、○○村長。もう今は何もないが村一番の大地主だった。」

「運よく、○○の写真は残っていたはいるが、値打ちのあるものは、もう何も残っていない。」

 

もう、消え去った村ではあるがそのあたりの地名をWEBで検索すると総人口662人(15歳未満82人、65歳以上157人、男人口340人、女人口322人)とある。

世帯数は、237世帯。

 

田舎でもあり、ずいぶん過疎化も進んでいるのだろうが、人口が少なかった当時のことを思えば人口は同程度であったのだろうか。

 

田畑ばかりが広がる彼方に黒い山影がかすかに見える。

月が雲に隠れるとあたりは真っ暗であるが、一か所だけ、ほの暗い光を放っている場所がある。

 

通称「中○の御殿」と言われる村長の屋敷には曇り硝子の常夜灯がともされ、そこだけが雲に隠れない月明かりの世界のような風情である。

 

夜もじっくり更けたというのに何やら人の気配が感じられる。

 

「もう、眠りましたよ。○○にお酒はお止めくださいな。」

「○○は昼もこそこそ飲んでいると女中から報告をうけています。」

「私がお酒を止めるように言っても、毎晩、晩酌の席に同席させては、・・・どうかしていますよ。」

「あなたは旅芸人と晩酌でよろしいのでしょうが、・・・。」

「それになんですか、牛の内臓なんか、食べているようじゃないですか。」

「あなた、立場を考えてくださいよ。」「本当に困ったわ。」

「何もかも、子供にはよくないわ。」

 

「馬はやめた。」

「旅の者(芸人)の面倒を見るのもやめろというのか。」

「道端で寝させるというのか。」

 

「下の子が『家に入るときに、何故、あの人達は土間の端を「四つんばい」なのか。』と聞くのよ。」

「もう、道楽のできる余裕もないでしょうに。」

「そうそう、長く税金も払っていないと村役の●●から聞きましたよ。」

 

「欲しけりゃあ、もっていけ。」

 

やがて、夜は白んでくる。

バチバチと音がして焼け焦げる匂いがする。

 

黒煙がもくもくとあがっている。

 

焼け跡には、傾いた大きな柱が骨格のように残っている。

 

御殿の再建はなかった。

わずかに残った物をリヤカーに乗せ、隣村のかつて存在した祖母の実家あたりに藁葺きの小さな家を建てた。

 

それから、家族だけの生活が始まる。

やがて、伯母さまは焼け落ちたように痩せこけ、歩くことも容易でなくなる。

どこにも、であるくことはなく。

何時しか「四つんばい」で家の中を移動するようになる。

 

祖父は、いつも「唐津模様の陶器の枕」で昼寝をしていた。

目を覚ますと、箱から煙草を取り出し、大きめの豆粒大に揉んで固めておいてキセルで気持ちよさそうに吸い上げる。

 

「おう、着いたか。悟、よう、来たな。大きくなったな。」

「今度は一人で、おいで、・・・」

「道に迷ったら、爺の名を言えば誰でも連れてきてくれるからな。」

「本当で、嘘は言わん。」

 

「悟ちゃん、おいで」

夜は、蚊帳の中で伯母さまの子守唄のような例の声を聞きながら眠った。

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